757おまけ.母子

いつ何回見ても悲しい。

わたしが広島の原爆資料館に来たのは人生で2回目で、1回目は小学6年生の時の修学旅行でした。
その時に見た・聞いた資料や、事前学習の中でいちばん印象に残ったのは、母親を亡くしたけど強く生き延びた子の話。
子供心に「お母さんを亡くすなんて絶対無理!それならそのまま一緒にわたしも死んじゃいたい」とまで思ったくらいでした。
でも、フリちゃんを産んで母の気持ちを知った今、3歳の小さな息子さんが亡くなってしまった話(「伸ちゃんの三輪車」)や原爆後行方不明になった当時12歳の息子さんを、毎日替えの服とお弁当を持って捜し歩いたお母さんの話を読んでいると、涙が止まらなかった…。

もちろん、どっちの方がマシ!とかはないけど、今はやっぱり、わたしが死んじゃってもフリちゃんには強く生き延びて欲しいし、フリちゃんが死んじゃったらわたしは生き延びたくない…。
クリスは、折り鶴を折り続けた佐々木禎子さんのお話がすごく印象深かったみたいで、泣きながら見ていました。

家族と一緒の時間を大切に過ごします…。
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クリスの父方のカールおじいちゃん、母方のおばあちゃんの戦争体験もよかったら読んでください↓
記事誘導フリッツ君

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